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父親の「雑貨ロッテ」を息子は「グローバルロッテ」へ

父親の「雑貨ロッテ」を息子は「グローバルロッテ」へ

Posted February. 11, 2011 09:21,   

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1942年20歳の青年は、日本行きの釜関連絡船に乗り込んだ。第2次世界大戦が終わるまで釜山(プサン)と日本の下関間で運航されたその船の中で、青年が持っていた資金は僅か83円。蔚山蔚州郡(ウルサン・ウルジュグン)で5男5女の長男に生まれた青年は、蔚山農業補習学校を卒業し、慶南(キョンナム)道立種畜場で騎手補として働きながら、牛と豚の世話をした。新聞や牛乳配達もしたが、貧しい暮らしから脱するには力不足だった。父親に内緒で船に乗り込んだこの青年の名前は「辛格浩(シン・ギョクホ)」だった。

日本へ渡った彼は早稲田大学へ進学した。工学部の学生は、軍隊に行かずに済むという噂を聞き、望んでいた文学部ではなく化学科を選び、大学を卒業した1946年から東京の古い倉庫で家具用オイルを応用し、石鹸やクリーム、ガムを作り、これが飛ぶように売れた。1948年、東京新宿に従業員10人の株式会社「ロッテ」を設立し、代表になった。読んで深い感銘を受けた「若きウェルテルの悩み」の女性主人公の名前の「シャルロッテ」にちなみ、社名につけるほどロマンチストだった。

彼はバリバリ働くアイディアマンでもあった。風船ガムに竹筒をつけ、おもちゃにするなど、市販するガムはヒットした。日本のテレビ普及率が急増するタイミングで、大々的なテレビコマーシャルで「ロッテのガムはお口の恋人」という言葉を流行させた。東京周辺の土地を持続的に買い入れ、日本の土地成金にもなった。

1967年、彼は韓国にロッテ製菓を設立した。在日韓国人の事業家だった辛格浩会長が、母国で経営活動を始めた韓国ロッテグループのスタートだった。その時から今年90歳(戸籍上では89歳)になるまで、彼は44年間韓国と日本を行き来する「シャトル経営」で、ロッテを国内財界5位の企業(昨年、内外の売上61兆ウォン)にまで成長させた。

彼は、故人の韓国人妻の娘、辛英子(シン・ヨンジャ)ロッテショッピング社長(69)に、日本人妻の長男、辛東主(シン・ドンジュ)日本ロッテ副会長(57)、次男の辛東彬(シン・ドンビン)ロッテグループ副会長(56)に置いた。10日、 辛格浩会長は、自分はロッテグループの「総括会長」になり、次男の辛東彬副会長を会長に昇進させた。以前から「日本ロッテは長男、韓国ロッテは次男」に後継構図が決められていると言われていたが、今回の人事で「次男辛東彬の韓国ロッテ」体制がはっきりしたと評されている。

父親の辛格浩総括会長が素手で成功した事業家と言えば、息子の辛東彬会長は日本で「銀さじを口にくわえて」裕福な環境で育った。青山学院大学経済学部や米コロンビア大学経営大学院(MBA、経営学博士)を卒業後、野村證券の英国ロンドン支店で6年間働いた「グローバル人材」だ。二重国籍者だったが、韓国生活を始めてから日本国籍は捨てた。1990年、湖南(ホナム)石油化学に常務理事として入社後、1997年グループ副会長、04年グループ代表理事副会長(政策本部本部長)を経て、同日、韓国ロッテに勤め、21年で会長へ就任した。

ロッテグループは今回の人事背景について、「グループの規模が大きくなり、グローバルロッテの経営を総括する職責が必要となり、総括会長の職責を設けることになった」とし、「辛格浩総括会長が両国を行き来しながら、経営懸案に直接介入するのは変わらない」と話した。ロッテグループのある役員は、「実際、最近ロッテが東南アジアなどの進出国で相手をする華僑の巨商らは、役員の職責をとても重視する傾向があるため、辛東彬会長の活動範囲はさらに広がるだろう」と話した。

父親は息子に普段から3つのことを言い聞かせているという。「傲慢な振舞いをしないこと」「積極的だが、軽率な行動はしないこと」「安住すると、立ち遅れる」。辛格浩総括会長は先月、韓国に滞在している間、ロッテグループのグローバル経営について、「事業の成敗はタイミングにかかっている。よく判断しなければならない」とアドバイスを惜しまなかった。ある役員は、「辛格浩総括会長は、まだ元気で『夢』と『未来』を話す。辛東彬会長は父親のビジョンを受け継ぎ、ロッテグループの体質をグローバルに変えるだろう」と話した。

ロッテグループは今、動き続けている。グループ内では最近、「隠遁の経営者」だった辛格浩総括会長の業績整理作業が進められている。最近、積極的な買収合併(M&A)でロッテグループのイメージを守備から攻撃に変えた辛東彬会長は、18年まで内外のグループの売上を200兆ウォンへ引き上げ、海外売上の割合を30%(昨年は12%)まで押し上げるという。彼は、「父親の創業アイテムだったガムは高付加価値産業ではないが、海外プラント事業は高付加価値を創出する」と話した。相変わらず夢見る父親は、21年間「後継者の道」を着実に歩んでくれた息子に今回、大きなプレゼントを与えた。



kimsunmi@donga.com