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麻生炭鉱徴用生存者、初めて確認

Posted March. 17, 2006 03:08,   

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日本の麻生太郎外相の一族が運営していた「麻生炭鉱」に連行された強制動員被害者の中に、生存者がいることが初めて確認された。

「日本植民地支配下強制動員真相究明委員会」は16日、「強制動員被害の申請者約20万人のうち、麻生炭鉱に連行された被害者は合わせて8人」と発表し、「そのうち、姜聖香(カン・ソンヒャン、84、慶尚北道栄州市)氏が、唯一の生存者であることを確認した」ことを明らかにした。

姜氏の生存の事実が確認されたことで、韓国の市民団体が日本政府に対して起こした損害賠償訴訟が、今後活気を帯びるものとみられる。日本の裁判所は、強制動員被害者の証言を重要な証拠資料として採択している。

1926年、母親とともに大阪に移住した姜氏は、1943年3月に鉱山労働隊に動員され、5ヵ月間、福岡県の麻生鉱業株式会社の赤坂炭鉱で働いた。麻生炭鉱の7つの炭鉱は、麻生炭鉱として共通している。

姜氏は、「日本の警察の令状で召集され、どこに行くのかも分からずに連れて行かれた」と話し、「鉱山労働隊として召集された在日韓国人は5ヵ月後に炭鉱を脱したが、大多数の韓国人強制動員者は、戦争が終わるまで炭鉱から出ることができなかった」と語った。

さらに、「当時の麻生炭鉱には、韓国人強制動員者の数千人が採炭工として働き、最悪の待遇と作業環境のため、毎日死傷者が続出した」ことを証言した。

太平洋戦争犠牲者遺族会の梁順任(ヤン・スンイム)会長は、「4月に麻生炭鉱と日本政府に対し、損害賠償を請求する計画で資料を収集してきたが、姜氏の生存で大きな力を得た」と述べた。



weappon@donga.com