いつもにこにこと鼻歌を口ずさむ(株)ノルペイント(京畿道安養市萬安区パクタル洞)の金ヨンモク労組委員長は年末のボーナス支給日が近付くにつれ、いっそう口が重くなった。今年も彼はボーナスに関して使用側に初めから口をつぐむつもりだ。
「要求事項があっても会社に言えません。あまりにもよく聞いてくれるので。(笑い)今年も成果が良いので言わなくても100%以上の成果給が出ると思います」
大きな企業も小さな企業も「厳しい、厳しい」という年末、金委員長は幸せな悩みをしていた。
●削ろうとする労組、引き上げようとする会社
ペイント業界第2位の企業であるノルペイントは、今年で8年連続の「無争議・無交渉」を実現した。今年3月末にあった今年度の賃金交渉は1時間で終わった。
2002年の賃金交渉の時は「珍しい論争」が起きた。
「今年の引き上げは5%台にとどめましょう」(労)
「5%ですか。会社の業績を見れば8%ぐらいは上げるべきではないでしょうか」(使)
「今日だけ食べて明日は食べないわけにはいきません。長く見ましょう。長く」(労)
「賃金を少しだけもらう」と言い出す労組と、「それよりもっと上げたい」と返す使用者。
ノルペイント労使の今日があるまでには「暗かった1998年のトンネル」があった。
その年、ノルペイント(当時、大韓ペイントインク)は創立53年ぶりに初めて赤字を出した。
業界には「ノルは倒産した」といううわさが出回った。
「みんな一緒に死ぬか、生きる道を探すのか」という分かれ道で、まず決断を下したのは社員らだった。
「労組がまず会社の解雇を受け入れると言いました。1000人余りの社員のうち、300人余りが自ら会社を辞めました」(金・ジャンホ人事総務チーム長)
去る労組員たちが信じたのは「会社が回復すれば、全員復職させる」という約束のみだった。
同僚たちが会社を辞めてから、社員らは賞与金を返した。年月次の手当てや特別勤務手当てももらわなかった。
社員らの骨を削るような努力のおかげで経営状況は早く回復した。
会社は約束を忘れなかった。解雇翌年から社員の復職作業に入った使用側は2001年8月、遂に復職を希望する200人余りを再び会社に復職させた。
労組ができた1987年から葛藤とストが続いた労社関係が「信頼に基いた共存の関係」に大転換を迎える瞬間だった。
●相手の立場で考える労使、「私の中にあなたがいる」
危機以後、会社の経営陣は毎月社員らに月例実績をブリーフィングし、社員らの苦情と提案を聞いた。生産性を向上させ利益を創出するためにまず取り組むべきことは「疎通」ということが分かった。
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