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中国反体制運動家の徐文立氏、釈放され米国入り

中国反体制運動家の徐文立氏、釈放され米国入り

Posted December. 25, 2002 22:46,   

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中国の代表的な民主化運動家であり「反体制家の父」と呼ばれてきた徐文立(ジョ・ブンリツ)氏(59)が24日釈放され米国に亡命した。主要マスコミは今回の釈放を、1997年の天安門事件の首謀者だった王丹(オウ・タン)の米国亡命が認められて以来、最も重要な反体制家の釈放と評価している。

米国の中国人権運動団体である対話財団のジョン・ケム代表は、この日、声明を発表して「B型肝炎を患っている徐氏の健康が悪化の一路にあり、中国政府が病気の治療のため仮釈放を決めた」と語った。

徐氏は、釈放直後夫人とともに訪米、24日シカゴのオヘア空港に着いた。2人は米国で教師をしている娘と対面した。徐氏は、到着直後「とても感謝している」と述べただけと、AP通信が伝えた。米国の中国人権運動団体である対話財団は、徐氏は今後米国に滞在しながら中国の海外反体制活動を率いることになるだろうとしている。

この日の発表は、先週、米国務省のジョン・クレナー人権労働担当次官補を団長とする米国代表団が中国政府に対し徐氏の釈放を求めてから1週間後に出されたもの。対話財団のジョン・ケム代表は「これは、米国との関係改善を望む中国政府の希望と直接的にかかわっている」と述べ、今後米中関係が改善することを示唆した。米国の人権団体と政府関係者は、98年の投獄以来、徐氏の釈放を持続的に求めてきた。

徐氏は数年間、中国政府にとって目の敵のような存在だった。1979年、反体制的な内容の壁新聞を貼ったことが発端となった「民主の壁」事件で82年、反革命活動の罪で初めて収監された徐氏は、この20年間、16年間を刑務所の中で過ごしている。

徐氏の名前が広く知られるようになったのは、98年、反体制運動を組織化して中国共産党以後、初の野党となる中国民主党を創ったのがきっかけとなった。当時、李鵬(リ・ホウ)全国人民代表大会常務委員長が「多党制民主主義の存在はありえない」と発表したことで、徐氏はその年の12月、王有才、秦永敏らとともに国家転覆を図った罪で13年の刑を宣告され、収監生活を送ってきた。

フィリップ・リカー米国務省スポークスマンは、徐氏の釈放直後「米国は、中国政府による徐氏の仮釈放を喜んでいる」と歓迎した。

ところが、人権団体のヒューマンライツウォッチは「徐氏の釈放を、中国の人権が進展した証として受けとめる者は誰もいないだろう」としながら「国際的な批判を逃れようとする中国政府がとりあえずとった策だ」と評した。



havefun@donga.com