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[社説]李大統領が国民に謝罪する時だ

Posted July. 04, 2012 08:10,   

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李明博(イ・ミョンバク)大統領の側近や親戚の拘束が相次いでいる。2010年12月、李大統領の友人でセジュンナモ旅行会社の千信一(チョン・シンイル)会長が拘束されたが、不幸にも側近には予防注射にならなかった。李政権のもう1人の功臣である崔時仲(チェ・シジュン)元放送通信委員長と朴永俊(パク・ヨンジュン)元知識経済副次官も、不正疑惑で拘束された。収監中の申載旻(シン・ジェミン)元文化体育観光部次官、殷辰洙(ウン・ジンス)元監査院監査委員も、大統領選陣営に参加した李大統領の側近だ。検察の捜査線上に浮かび上がった鄭斗彦(チョン・ドゥオン)議員も然りだ。3日には、李大統領の実兄の李相得(イ・サンドク)元議員が不正疑惑で検察の事情聴取を受けた。政権の道徳性への最後の弔鐘が鳴り響いている。

李元議員は、07年から10年にかけて、ソロモン貯蓄銀行の林錫(イム・ソク)会長や未来貯蓄銀行の金賛慶(キム・チャンギョン)会長、コーロンから総額7億ウォンの不法資金を受け取った容疑を受けている。両貯蓄銀行は、退出を防ぐために政界にロビー活動をしていた。李元議員に渡した金を単なる政治資金と見ることができない有力な根拠だ。李元議員は、このほかにも釈然としない資金管理などで権力型不正の疑惑を受けてきた。

李元議員は普段、「明博は明博、私は私」と言っていたが、それこそ事実と合致しない発言だった。李元議員は、弟が大統領でなければ、国内外であの強力な権力を享受できただろうか。李元議員は、李政権で「上王」も同然だった。大統領の単なる実兄でなく、実質的な政治メンターだった。汝矣島(ヨイド)政治を含む国政全般に影響が及ばない所がないほどだった。李大統領と李元議員が手を握った「兄弟政治」が、国政の歪と側近不正を招いたのだ。

李政権発足直後から野党や与党の若手グループを中心に、「万事兄通」を批判する声が絶えなかった。李元議員の第18代国会議員総選挙の不出馬を求める与党若手議員の動きがあったが、李大統領はこれを一蹴した。東亜(トンア)日報も何度も兄弟政治の断絶を注文した。厳格でなければならない国家運営に「情実」を断つことができなかった李大統領は、国民に謝罪しなければならない時が来た。

李大統領が、07年の大統領選挙で530万票の差で大勝したのには、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の国政失敗と腐敗に対する国民の嫌悪感が大きく作用した。しかし李政権も、政権の度に繰り返された親戚・側近不正の軌跡をそのまま歩んでいる。大統領の親戚・側近の不正が続くのは、「帝王的大統領制」のためという見方もあるが、制度だけのせいにすることはできない。根本的な理由は、大統領が大統領選の勝利に酔い、歴代政権の失敗から教訓を得ようとする姿勢が欠けていたためだ。