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[オピニオン]文化の木に水を

Posted February. 16, 2002 11:30,   

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数日前に英国のファイナンシャルタイムズ紙はアジアで旋風を巻き起こしている、いわゆる「韓流(Korean Wave)」を紹介し、韓国が新たな創作産業の中心地として浮上していると報じた。同紙は韓国の創作産業がアジアの音楽、映画市場に急速に広まりつつあると指摘しながら、韓国が文化帝国主義を具現しているとまで言ったそうだ。

これは結局、韓国の文化産業が最大の潜在市場である中国を攻略したのに続いて、西欧諸国まで押え込むだろうと結論づけているのだ。数日前に北京から帰ってきた後輩から中国で大いに流行っている韓流旋風について、またしも耳にしたが、その旋風の勢いが強いことは強いようだ。とくに、韓国のドラマと映画の熱狂的な人気は他の追随を許さないほどだという。その理由を聞くと、非常に面白く、芸術性も高いからだという。新たな文化帝国に対する外国新聞の記事がそう誇張されたものではないようだ。

韓国映画がハリウッドのブロックバスターと争い、西洋の歌手が韓国のレコード市場の20%しか占めていないという事実は、こうした見通しを対してさらに納得できる裏付けをしている。この記事をみたかぎりでは、周辺国向けのレコードや映画市場の恐ろしいまでの膨張力は将来、美術や公演芸術、ひいては芸術全般にまで拡大するのではないかと期待する気持ちがなくもない。

いつかある民間企業の経済研究所が、韓国映画から経営戦略を学ぶようにと企業にアドバイスしていた。さまざまな劣悪な条件にもかかわらず、優秀な映画ブレインを通じて、新たに市場価値を作りながら、絶えずインフラの拡充を図る韓国映画の秘法を企業経営に導入すべきだということだ。

人々はよく今世紀は文化戦争の世紀になるだろうという。過去の世紀が資源と科学による国家間の競争体制だったとすれば、これからは固有の文化創出が国家競争力のカギになるだろうという見通しだ。こうした面で、文化芸術のブレインを少なからず確保している立場として、期待に胸躍らせるのは仕方ないことだろう。遅ればせながら、その潜在力が発見されたが、もしかすると文化芸術の分野こそ、わたしたちがもっとも競争力のある分野のひとつなのかも知れない。これからは大衆文化で巻き起こしている韓流熱風のような旋風が純粋芸術分野にまで拡がった時、文化帝国までは分からないが、確かに韓国が東アジアの伝統を土台にした文化芸術の新たな強国として浮上するとみられる。

問題はこうした力量と素養をどう結集して後援し、世界に送り出すかということだ。これまで、わたしたちはこの分野を汎国家的なレベルで後援できなかったことは事実だ。実際、経済分野はさておいて、スポーツに傾けてきた情熱の分だけでも文化芸術に傾けて投資してきたのか、と反省する。

もちろん、文化芸術は投資したからといって、すぐに実を結んだり、何かの形で報いられる分野ではない。だが、持続的に水と肥料をかけて真心を込めて世話すれば、それがもたらす付随効果は大きいだろう。国民の情緒をつちかうという面でもそうだし、国家イメージをグレードアップするという点でもそうだ。西欧で活躍している世界的な指揮者・小沢征爾一人が日本の国家イメージへの貢献度は決して小さくないと言える。

韓国では文化や芸術はとくに世話しなくても、生命力の強い野草のように生え続け、花を咲かせるものだと考える。文化芸術は踏みにじらないかぎり、自然に茂るものだという認識が一般化されているのだ。昔の陶工が作り出した数多くの名品もやはり、特別に芸術と芸術家を待遇して作られたものではないという話は、だから一見説得力があるように思える。だが、他のすべての分野と同じようにこれからは文化芸術においても、それなりの投資なくしてはより多くの実を得ることは困難になるということだ。

今やこの地の野草のように、いたるところに生えた芸術の才能に水をかけて、日に当たらせる時ではないかと思う。そうすることで、この地で育つ青少年が芸術分野で世界的な巨木にすくすく育つように後援すべきだ。

ワールドカップ大会の競技場が建てられたところに、コンサートホールと美術館も建てられていたら、という残念な気持ちを最近は押さえ切れない。

金炳宗(キム・ビョンジョン)ソウル大学美術大学学長、韓国画家