Go to contents

日本、端島の建築物の世界文化遺産登録を推進

日本、端島の建築物の世界文化遺産登録を推進

Posted August. 15, 2007 07:18,   

한국어

日本の植民地支配期に強制徴用され、日本に連行された朝鮮人たちが滞在した建物を、日本の地方自治体が国連教育科学文化機関(UNESCO=ユネスコ)の世界文化遺産に登録しようとしていることが確認された。

日本による植民地支配下の強制動員被害真相究明委員会(以下、真相究明委)は、日本の長崎市が、端島のいくつかの建築物を世界文化遺産指定を受けるため、ユネスコへの登録を推進していると14日、明らかにした。

真相究明委は、日本の市民団体である「長崎在日朝鮮人の人権を守る会(守る会)」を通じてこのような事実を確認したと説明した。

長崎市は、市のホームページでも、「1910年に建てられた端島の建築物は、日本初の鉄筋コンクリートの住居用建造物で、近代化の遺産であることから、世界文化遺産の登録を推進している」と明らかにしている。

真相究明委によると、建築物の相当数は、1939年から1945年に強制徴用された朝鮮人約500人が、端島炭鉱で働き、日本人労働者とともに生活した場所だ。

また、守る会が端島炭鉱の死亡者の「埋・火葬記録書」を確認した結果、当時、朝鮮人強制徴用者122人が端島で死亡し、死因は、頭蓋骨陥没、溺死、圧死などだった。

長崎港から西南に約18.5キロ離れた端島には、海岸線に沿って4階から7階建の高さのコンクリートの建物が約10棟ある。

同島にある端島炭鉱は、日本の三菱が所有し、太平洋戦争当時、日本で石炭生産量の最も多い炭鉱の一つだった。

真相究明委側は、長崎市が朝鮮人強制徴用などの歴史的罪過をもみ消し、無人島となっている端島を観光地として開発しようと考えていると批判した。

長崎市のこのような動きに対して、端島炭鉱に強制徴用された被害者の朴ジュング(87)氏は、「あの島は、高い防波堤と荒い波で脱出を考えることすらできない、それこそ生き地獄だった」と回想した。朴氏はまた、「朝鮮人たちは、戦争末期の危険な作業に集中投入され、炭鉱管理人たちの暴力に苦しんだ」と話した。

真相究明委の李ジェチョル広報担当官は、「長崎市が、朝鮮人たちの『恨』と苦しみの残る端島を世界文化遺産に登録しようとすることは、日本政府の『暗い歴史を消す』ことと同じ脈絡である」とし、「今後、長崎市の動きによって、適切な措置を取る」と述べた。



turtle@donga.com iam@donga.com