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[オピニオン]プライバシーの宣伝

Posted October. 31, 2007 03:43,   

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日本で発達した「私小説」は、作家の経験やプライバシーを、ほぼ「生」中継する。平凡な体験は注目されず、作品にするためには、劇的な要素を備えなければならない。だから、一部の私小説作家たちは、作品のために自分の人生を極端な状況に追い込んでいく。小説家で、評論家の伊藤整の言葉のように、「小説を書くときは、生活がだめになり、書けない時は生活が安定する」という二律背反に陥るわけだ。

◆日本の私小説は1970年代、社会性の濃い戦後文学を超えて、1980年代、「主流文学」の座についた。韓国の小説も19980年代半ばに入って、私小説的な傾向を帯び始めた。両国ともに歴史や戦争、社会など、巨大な話題から離れ、個人主義が拡散する時期とあいまっていた時期だった。脱イデオロギーや脱集団、脱家族主義が生んだ「ミーイズム(me−ism)は小説や映画、放送など、さまざまな文化商品の新たなコードとなった。

◆最近、わが国の大衆文化で、「プライバシーセールス」が好況を呈している。芸能人がテレビやラジオに出て、結婚や離婚、出産、恋愛、別れ、整形、ひいては家族の病歴や性生活まで打ち明ける。プライバシーを売るのは自由だ。しかし、視聴者を始め、消費者が彼らの人生に共感できるものでなければならない。彼らの話を聞くことで、慰められ、教訓が得られるようなものでなければならない。そうでない「プライバシーセールス」は、過多露出症に過ぎず、社会の退廃を助長させるだけだ。

◆おしどり夫婦として有名だったある中堅タレント夫婦の離婚が話題を呼んでいる。彼らは、「幸せな結婚生活」の伝道師を自任してきただけに、ショックはさらに大きい。一人はメディアで、性をテーマに夫婦愛の秘訣について語ってきたし、もう一人は結婚コンサルティングまで行ってきた。彼らも同様に一種の「プライバシーセールス」を通じて人気を得、成功したため、離婚の裏話は余計につらい。夫婦の営みの回数まで公開しながら、破綻の責任を相手になすりつける様子には哀れみを感じるほどだ。むしろ、彼らのプライバシーが徹底的に隠れていたり、話題にならない普通の夫婦だったら、苦い後味は残らないはずなのに。

許文明(ホ・ムンミョン)論説委員 angelhuh@donga.com